1.通り抜け可能なワームホールを量子コンピュータ内に作成(2/2)まとめ
・量子システム設計時に深層学習からの誤差伝播とスパース化を拝借した
・ワームホール用の量子システムをニューラルネットワークのように扱った
・Sycamore量子プロセッサー上で量子をワームホールの反対側に到達させた
2.ワームホールの原理
以下、ai.googleblog.comより「Making a Traversable Wormhole with a Quantum Computer」の意訳です。元記事の投稿は2022年11月30日、Alexander ZlokapaさんとHartmut Nevenさんによる投稿です。
アイキャッチ画像はstable diffusion 2.0の生成
私たちの一人(Zlokapa)は、重力物理学の重要な側面を保持した小型の量子システムを設計するために、深層学習(deep learning)のアイデアを採用しました。
ニューラルネットワークは、誤差逆伝播法(Backpropagation)という、ネットワークの層を通して勾配を直接計算することでパラメーターを最適化する手法で学習します。
ニューラルネットの性能を向上させ、学習データへの過剰適合を防ぐために、機械学習(ML:machine learning)ではさまざまな手法が用いられています。
その1つであるスパース化(sparsification、まばらにする事)は、できるだけ多くの重みをゼロにすることで、ネットワーク内の情報の詳細さを制限しようとするものです。
同様に、ワームホールを作るためには、まず大きな量子システムを作り、それをニューラルネットワークのように扱います。
誤差逆伝播法は重力特性を維持するためのシステムパラメータを更新し、スパース化はシステムのサイズを小さくしました。私達はMLを適用し、重力に関する特定の重要な痕跡のみを保持するシステムを学習しました。
それは、負のエネルギー衝撃波を使用することの重要性です。学習データセットでは、負のエネルギーで開いたワームホールと正のエネルギーで崩壊したワームホールを通過する粒子の活動が比較されました。学習したシステムがこの非対称性を保つようにすることで、ワームホールの活動と一致する疎なモデルを得ることができました。
重力活動を捉える疎な量子系を生成するための学習手順
1つの結合は、与えられた4つのフェルミ粒子のグループ間の6つの可能な接続すべてで構成されます。
ジャフェリス教授をはじめ、カリフォルニア工科大学、フェルミ研究所、ハーバード大学の共同研究者らと協力して、この新しい量子系にさまざまなテストを行い、異なるエネルギーの衝撃波によって引き起こされる痕跡以上の重力挙動が見られるかどうかを確かめた。
例えば、量子力学的効果によって量子系を伝わる情報は多様であるが、ワームホールを含む時空間を伝わる情報は因果的に矛盾しないことが求められます。この痕跡と他の痕跡を古典コンピュータで検証したところ、量子系の活動はホログラフィック原理のコトワリを通して見た重力解釈と一致することが確認されました。
通り抜け可能なワームホールを実験として量子プロセッサーに実装することは、非常にデリケートな作業です。量子ビット間の情報伝達のミクロなメカニズムは非常に混沌としています。
水中で渦を巻くインクのしずくを想像してください。
ワームホールに粒子が落ちると、その情報はホログラフィック画像中の量子系全体に染み渡ります。負のエネルギー衝撃波が機能するためには、情報の乱れが「完全サイズの渦巻き(perfect size winding)」と呼ばれる特定のパターンに従っている必要があります。
粒子が負のエネルギー衝撃波にぶつかると、カオスパターンが逆に進行します。粒子がワームホールから現れると、あたかもインク滴が元の乱流の広がりを正確に取り除いて元に戻ったかのように見えます。もし、ある時点で小さな誤差が生じると、カオス活動は元に戻らず、粒子はワームホールを通り抜けることができません。
左:通り抜け可能なワームホールを記述した量子回路。量子ビットの最大もつれペア(EPRペア)をもつれ探索機として用い、ワームホールに量子ビットを送り込みます。時間t0にワームホールの左側に量子ビットを入れ替え、時間0にエネルギー衝撃波を与え、時間t1にワームホールの右側を測定します。
右:Googleの量子プロセッサー「Sycamore」の写真
Sycamore量子プロセッサーで、負のエネルギー衝撃波と正のエネルギー衝撃波を加えたときに、片側から反対側へどれだけの量子情報が伝わるかを測定しました。その結果、2つのエネルギー間でわずかな非対称性が確認され、通り抜け可能なワームホールの重要な特徴を示しました。この手続きはノイズに敏感であるため、Scamoreプロセッサの低いエラー率が信号の測定に重要でした。
未来への展望
量子デバイスの改良が進めば、エラーレートの低下やチップの大型化により、重力現象をより深く探ることができるようになります。
レーザー干渉計重力波観測施設(LIGO:Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory)のように身の回りの重力に関するデータを記録する実験とは異なり、量子コンピュータは量子重力の理論を探求するためのツールを提供するものです。私達は量子コンピュータが、現在のモデルを超えた将来の量子重力の理論の理解を深めるのに役立つと期待しています。
重力のような複雑な物理理論を探求するユニークな能力は量子コンピュータが持つ可能性の一例に過ぎません。量子プロセッサは、時間結晶(time crystals)、量子カオス、化学などに関する洞察を提供します。今回のワームホール活動の実証は、Google Quantum AIにおける量子プロセッサーを用いた基礎物理学の発見への一歩となるものです。
本結果については、inqnet.caltech.eduのwebsiteもご覧ください。
謝辞
このブログ記事の執筆にご協力いただいた、量子科学コミュニケーターのKatherine McCormickに感謝いたします。
3.通り抜け可能なワームホールを量子コンピュータ内に作成(2/2)関連リンク
1)ai.googleblog.com
Making a Traversable Wormhole with a Quantum Computer
2)www.nature.com
Traversable wormhole dynamics on a quantum processor
3)inqnet.caltech.edu
Traversable wormhole dynamics on a quantum processor