実用的な量子コンピュータの実現に必須の量子エラー訂正技術の最前線(1/2)

量子コンピュータ

1.実用的な量子コンピュータの実現に必須の量子エラー訂正技術の最前線(1/2)まとめ

・Googleの第3世代プロセッサーに採用されている量子ビットでもエラー率が高く実用に耐える量子回路を開発するためには到底性能が足りない
・有用なエラー訂正型量子コンピュータを構築するためのロードマップと主要なマイルストーンを発表しており2つ目のマイルストーンをクリアした
・複数の物理量子ビットを使って1つの論理量子ビットを構築し、表面符号と呼ばれる特定の誤り訂正符号を用いてエラー耐性を高めてこれを実現

2.耐障害性を持つ量子コンピュータの実現への道筋

以下、ai.googleblog.comより「Suppressing quantum errors by scaling a surface code logical qubit」の意訳です。元記事の投稿は2023年2月22日、Hartmut NevenさんとJulian Kellyさんによる投稿です。

最近、量子コンピュータの話題が増えていますが着々と前進してますね。10年後くらいには「ワシらの頃には古典的コンピュータしかなかったからのぉ~。GPUが高くて安いサービスを探すのに苦労したものじゃよ」とクラシカルコンピューター老人会が発足する事になるのでしょうか。

アイキャッチ画像はstable diffusionのカスタムモデルで、障害耐性 → 防御力 → フルアーマーの連想で生成したイラスト。防御力より攻撃力の方が高そうな表情になってしまいましたが、量子コンピュータもナウシカ先生も桁違いの攻撃力を持っていそうなので、これはこれで良しと思っています。

今から何年か後には、科学者は計算エラーに対する耐性を持つ量子コンピュータを使って、科学や産業界で応用される大規模な計算を行うことができるようになるでしょう。この量子コンピュータは、数百万個の密集した量子ビット(qubits)で構成され、現在よりもはるかに巨大なものになるでしょう。しかし、この基本的な構成要素が十分に優れていなければ、システムはエラーで溢れかえってしまうという問題があります。

現在、私たちの第3世代Sycamoreプロセッサーの量子ビットのエラー率レートは、通常10,000分の1から100分の1の間です。私たちや他の研究者の研究を通じて、大規模な量子コンピュータの開発には、はるかに低いエラーレートが必要であることが分かっています。工業的な問題を解決できる量子回路を開発するには、\(10^9\)分の1から\(10^6\)分の1の誤差率が必要です。

では、現在の物理的な量子ビットから3桁から6桁の性能を引き出すことは不可能であるため、どのようにすればよいのでしょうか。私たちのチームは、ここ数年の研究の方向性を示すロードマップを作成し、耐障害性を持つ量子コンピュータ(fault-tolerant quantum computer)に向けて、段階的に量子コンピュータの性能を向上させています。


有用なエラー訂正型量子コンピュータを構築するためのロードマップと主要なマイルストーン。私たちは現在、将来的に規模を拡大する1つの論理量子ビットを構築しています。

本日、Nature誌に掲載された「Suppressing Quantum Errors by Scaling a Surface Code Logical Qubit」において、私達はロードマップの2つ目のマイルストーンに到達したことを発表しています。

この実験結果は、「論理量子ビット(logical qubit)」と呼ばれるエラー訂正型量子コンピュータの基本ユニットのプロトタイプであり、規模拡大可能で耐障害性を持つ量子コンピュータを実現可能な領域に近い性能を持つことを実証しています。

物理量子ビットから論理量子ビットへ

量子エラー訂正(QEC:Quantum Error Correction)は、プロセッサ上の各物理的量子ビットが計算単位として機能する今日の量子コンピューティングからの大きな転換を意味します。つまり、複数の物理量子ビットにまたがって情報を符号化し、より耐性の高い、大規模な量子アルゴリズムを実行できる1つの論理量子ビットを構築するのです。

適切な条件下では、論理量子ビットを構築するために使用される物理量子ビットが多ければ多いほど、その論理量子ビットはより優れたものになります。

しかし、物理量子ビットを増やすごとに生じる誤差が、QECの利点を上回れば、これは機能しません。これまでは、物理的なエラーレートの高さが常に勝っていたのです。

そこで、表面符号(surface code)と呼ばれる特定の誤り訂正符号を用い、符号のサイズを大きくすると論理量子ビットの誤り率が低下することを初めて示しました。これは、物理量子ビットを17個から49個に拡張する際に、多くのエラー源を丹念に軽減することによって達成されたもので、量子コンピュータのプラットフォームとしては初めてのことです。この成果は、十分な注意を払えば、大規模なエラー訂正型量子コンピュータに必要な論理量子ビットを作成できることを示すものです。

表面符号による量子エラー訂正

誤り訂正符号は、どのように情報を保護するのでしょうか?

古典的な通信の簡単な例を見てみましょう。

ボブはアリスにノイズの多い通信路で「1」という情報を1ビットで送ろうとします。もしビットがノイズによって「0」に反転したら、伝えたいメッセージは失われてしまいます。そのため、ボブは「111」を送ります。この場合、もし1つのビットが誤って反転しても、アリスは受信したすべてのビットの多数決(シンプルな誤り訂正符号)を実施する事ができ、意図したメッセージを理解することができます。

これを3回以上繰り返すことで、符号の「サイズ」を大きくし、より多くの個々のエラーに耐えられるようにする事ができます。


量子プロセッサー上の多数の物理量子ビットが、表面符号と呼ばれる誤り訂正符号の中で1つの論理量子ビットとして機能している図

表面符号は、この原理を取り入れ、実用的な量子実装を思い描いています。そのためには、さらに2つの制約を満たす必要があります。

まず、量子ビットを |0⟩から|1⟩にするビット反転だけでなく、位相反転(phase flips)も修正できなければなりません。このエラーは量子状態に特有のもので、例えば「|0⟩+|1⟩」から「|0⟩ -|1⟩」へと、重ね合わせ状態(superposition state)の量子ビットを変換します。

第二に、量子ビットの状態をチェックすると、その重ね合わせが破壊されてしまうので、状態を直接測定せずにエラーを検出する方法が必要です。

これらの制約を解決するために、チェッカーボード上に2種類の量子ビットを配置します。頂点にある「データ」量子ビットは論理量子ビットを構成し、各正方形の中心にある「測定(measure)」量子ビットは、いわゆる「スタビライザー測定(stabilizer measurements)」に使用されます。この測定は、個々のデータ量子ビットの値を実際に明らかにすることなく、量子ビットが望んだ通りにすべて同じでエラーが発生していないのか、それとも異なっておりエラーが発生しているのかを教えてくれます。

ビット反転や位相反転から論理データを保護するために、2種類のスタビライザー測定をチェッカーボードパターンで並べます。スタビライザー測定の一部がエラーを記録した場合、スタビライザー測定の相関関係を使用して、どのエラーがどこで発生したかを特定します。


表面符号化QEC
データ量子ビット(黄色)はチェッカーボードの頂点にあります。各正方形の中心にある測定量子ビットは、スタビライザー測定に使用されます(青い四角)。濃い青色の四角はビット反転エラーを、薄い青色の四角は位相反転エラーをチェックします。左図:位相反転エラーが起きた場合。水色に近い2つのスタビライザー測定値がエラーを記録しています(薄い赤)。右図:ビット反転エラーが起きた場合。最も近い2つの濃い青色のスタビライザー測定値がエラー(濃い赤色)を記録しています。

上の例でボブのアリスへのメッセージが、符号サイズが大きくなるにつれてエラーに対してより強固になったように、表面符号が大きいと、それが含む論理的な情報をよりよく保護することができます。表面符号は、距離(distance)の半分以下に相当する数のビットと位相の反転エラーに耐えることができます。ここで、距離とは、表面符号のいずれかの次元にまたがるデータ量子ビットの数です。

しかし、ここで問題が発生します。個々の物理的な量子ビットはエラーを起こしやすいので、コード内の量子ビットの数が多ければ多いほど、エラーが発生する機会も増えることになります。

私達はQECが提供する高い保護性能で、量子ビットの数が増えるにつれて増加するエラー発生数を凌駕したいと思います。そのためには、物理的な量子ビットの誤差が、いわゆる「耐障害性の閾値(fault-tolerant threshold)」以下でなければなりません。

表面符号の場合、この閾値はかなり低いです。そのため、最近まで実験的に実現することができませんでした。私たちは今、この切望された領域に到達する瀬戸際にいます。

3.実用的な量子コンピュータの実現に必須の量子エラー訂正技術の最前線(1/2)関連リンク

1)ai.googleblog.com
Suppressing quantum errors by scaling a surface code logical qubit

2)www.nature.com
Suppressing quantum errors by scaling a surface code logical qubit

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