1.マイクロ波を増幅して量子コンピューターの限界を押し上げる(1/2)まとめ
・Googleは量子コンピュータを構築しているが、良く話題になる超伝導プロセッサは全体の一部に過ぎない
・量子コンピュータを正しく動作させるためには、周辺ハードウェアも広範な研究開発が必要になる
・超伝導量子プロセッサーの課題の一つは量子ビットの状態を動作を妨げることなく測定すること
2.より高性能な量子プロセッサーチップへの道筋
以下、ai.googleblog.comより「Amplification at the quantum limit」の意訳です。元記事の投稿は2023年2月9日、Ted WhiteさんとOfer Naamanさんによる投稿です。
最新の人工知能/機械学習の進化の速さに人類が圧倒されている感、これら全ての技術を十把一からげに「古典的(classical )」な世界にしてしまう量子コンピュータが着実に迫ってきています。(量子コンピュータ文脈では、現在使われている一般的なコンピューターを量子コンピュータと区別するために古典的コンピュータと呼びます)
量子コンピュータ、一番最初の頃はGoogle AIでも理論の話が多かったのですが、その後、段々と実用アルゴリズムやハードの話が多くなって、そしてハードも量子プロセッサー等の花形機器から今回のような周辺設備の話に移りつつあり、着実に実用化に向けて前進している感があります。
量子コンピュータに特に興味ない人も多いかと思いますが、実はとっても人工知能/機械学習と相性良いので、着実に前進しており、いずれは量子機械学習が最先端の技術になる可能性が高いという事だけは知っておきましょう。
本文はかなり難しく訳しにくい難しいお話なので、要点的にはここまで読めば十分です。
アイキャッチ画像はWaifu Diffusion 1.5 Betaのカスタムモデルによる生成で、マイクロ波=電子レンジ、という安直な発想から作成したイラスト。電子レンジ多すぎで色々変ですが、味のあるAIアートな気もしてくるし、近未来キッチンな感じもしなくはなく割と気に入っています。
Google Quantum AI チームは、超伝導マイクロ波回路を用いた量子コンピュータを構築していますが、古典的なコンピュータと同様に、よく話題になる超伝導プロセッサは全体の一部に過ぎません。
量子コンピュータを正しく動作させるためには、周辺ハードウェアも技術を積み重ねる必要があります。多くの場合、これらの部品はカスタム設計され、最高レベルの性能を達成するために広範な研究開発が必要とされます。
今回の投稿は、この補助的なハードウェアの1つである、Googleの超伝導マイクロ波増幅器(superconducting microwave amplifier)にスポットを当てます。
Applied Physics Lettersに掲載された「Readout of a Quantum Processor with High Dynamic Range Josephson Parametric Amplifiers」では、超伝導マイクロ波増幅器の最大出力を100倍以上向上させた方法について説明しています。この研究が、より高性能な量子プロセッサーチップの動作にどのように道を開くことができるかを議論しています。
なぜマイクロ波増幅器なのか?
超伝導量子プロセッサーを運用する上での課題の一つは、量子ビットの状態を、その動作を妨げることなく測定することです。これは、マイクロ波工学の課題となります。ノイズや損失の多い配線にさらされることなく、量子ビットの共振器(resonator)内部のエネルギーを測定する必要があるのです。
このためには、量子ビットに結合していても、量子ビットの共振周波数からは離れているマイクロ波共振器をシステムに追加する必要があります。共振器は、制御線から量子ビットを分離するフィルターとして機能しますが、量子ビットからの状態に依存した周波数シフトも拾います。
BPSK(Binary Phase Shift Keying)符号化技術と同様に、量子ビットのデジタル状態(0または1)は、この補助共振器から反射されるプローブトーン(マイクロ波信号)の位相に変換されます。このプローブトーンの位相を測定することで、量子ビットに直接手を触れることなく、量子ビットの状態を推測することができます。
これは単純な事のように聞こえますが、実は、このプローブトーンに使用できる電力に厳しい上限があるのです。通常の操作では、量子ビットは0か1の状態、あるいはその2つの重ね合わせの状態にあるはずです。
測定パルスは、量子ビットをこの2つの状態のいずれかに折りたたむ(collapse)はずですが、電力が大きすぎると、量子ビットをより高い励起状態に追いやり、計算を破壊してしまう可能性があります。
安全な測定パワーは一般的に-125dBm程度で、これは測定中にプロセッサと相互作用するほんの一握りのマイクロ波光子に相当します。通常、小さい信号はマイクロ波増幅器を用いて測定しますが、増幅器は信号レベルを上げると同時に、それ自身のノイズも加えます。
どの程度のノイズなら許容できるのでしょうか?
測定に時間がかかりすぎると、回路内のエネルギー損失により量子ビットの状態が変化する可能性があります。つまり、これらの非常に小さな信号は、わずか数百ナノ秒の間に非常に高い(99%以上)忠実度で測定されなければならないのです。したがって、ノイズを減らすために信号を長い時間かけて平均化する余裕はありません。残念ながら、最高の半導体低雑音増幅器でさえも、許容ノイズの10倍近くになるのです。
そこで、量子ビットと同じ回路を使った独自の増幅器を設計することにしました。この増幅器は通常、ジョセフソン接合(Josephson junctions)で構成され、超伝導共振回路に配線してインダクタンスを調整することができます。
こうして共振回路を構成することで、パラメトリック増幅器を作ることができます。増幅したい周波数の2倍の周波数で可変の誘導起電力を変調することで目標を増幅するパラメトリック増幅器が実現できます。
さらに、配線はすべて無損失の超伝導体でできているため、これらのデバイスは付加ノイズの量子限界付近で動作し、信号中のノイズはゼロポイント量子電圧変動の増幅によるものだけとなります。
これらのデバイスの欠点は、ジョセフソン接合によって、測定できる信号の電力が制限されることです。信号が大きすぎると、駆動電流が接合部の臨界電流に近づき、増幅器の性能が低下してしまうのです。
仮にこの制約があっても、1つの増幅器で最大6量子ビットを同時に測定し、効率を上げることが私たちの目標です。いくつかのグループは、信号を数千の接合に分散させる進行波増幅器を作ることで、この限界を回避しています。この場合、飽和電力は増加しますが、増幅器の製造が非常に複雑になり、チップ上のスペースも大きくなってしまいます。私たちが目指したのは、これまでと同じシンプルでコンパクトな設計でありながら、進行波型増幅器と同等の電力を扱える増幅器を作ることです。
3.マイクロ波を増幅して量子コンピューターの限界を押し上げる(1/2)関連リンク
1)ai.googleblog.com
Amplification at the quantum limit
2)arxiv.org
Readout of a quantum processor with high dynamic range Josephson parametric amplifiers