通り抜け可能なワームホールを量子コンピュータ内に作成(1/2)

量子コンピュータ

1.通り抜け可能なワームホールを量子コンピュータ内に作成(1/2)まとめ

・ワームホールはSFの世界の話に思えるが理論的には形成可能な事が知られていた
・量子の不可思議な性質を利用すると任意の場所に物質を構築する事が可能
・量子システム内にワームホールを構築し粒子が反対側に出現する事を観測できた

2.ワームホールとは?

以下、ai.googleblog.comより「Making a Traversable Wormhole with a Quantum Computer」の意訳です。元記事の投稿は2022年11月30日、Alexander ZlokapaさんとHartmut Nevenさんによる投稿です。

前半は「そういうもの」として丸呑みする事を推奨です。後半は皆さんが大好き機械学習が出てくるので安心してください。

アイキャッチ画像はstable diffusion 2.0の生成でワームホールを旅するトトロ

ワームホール(Wormholes:時空間のひずみによって、異なる2つの場所をつなぐこと)は、SFの世界の話のように思えるかもしれません。しかし、現実に存在するかどうかは別として、このような仮想的な物体を研究することは、何十年にもわたって物理学者を悩ませてきた情報と物質の間の刺激的なつながりを具体化する鍵になるかもしれないのです。

意外なことに、量子コンピュータはこの関係を調べるのに理想的なプラットフォームなのです。そのコツは、AdS/CFTと呼ばれる対応関係を利用することです。

これは「特殊な幾何学的構造をもつ架空の世界における重力と時空(およびワームホール)を記述する理論(AdS)」と「重力をまったく含まない量子論(CFT)」の間に等価性を確立するものです。

本日Nature誌に掲載された「Traversable wormhole dynamics on a quantum processor」では、Caltech、Harvard、MIT、Fermilabの研究者と共同で、Google Sycamoreプロセッサ上でCFTをシミュレーションした結果を報告しています。

この量子論をプロセッサ上で研究することにより、AdS/CFT対応を利用して、重力モデルにおけるワームホールに相当する量子系の変遷を調べることができます。Google Sycamoreプロセッサは、この実験の実施に必要な忠実度を持つ最初のものの一つです。

背景:それは量子から来る

AdS/CFTの対応は、ある疑問から生じた一連の問いかけの末に発見されたものです。

空間の一つの領域に収まる情報の最大量はどのくらいでしょうか?

もしエンジニアに、データセンターに格納できる情報量はどれくらいかと尋ねたら、それは中に入っているメモリチップの数と種類によるという答えが返ってきそうです。

しかし、意外なことに、データセンターの中身は最終的には関係ないのです。もし、データセンターにもっともっと多く、超超高密度にメモリチップと電子機器を詰め込んだら、データセンターはやがてブラックホールになり「事象の地平面(event horizon)」の向こう側へ消えていくでしょう。

訳注:事象の地平面とは、それを超えた先の情報を知る事が出来ないとされる理論的な境界の事です。情報は光や電磁波などにより伝達されますが、ブラックホールなどの影響で光でも到達できなくなる領域面が存在すると考えられており、この境界面を事象の地平面と言います。

ジェイコブ・ベーケンシュタインやスティーブン・ホーキングなどの物理学者がブラックホールの情報量を計算しようとしたところ、驚くべきことに、それはブラックホールの体積ではなく、事象の地平面の表面積によって与えられることがわかりました。

まるで、ブラックホールの中の情報が事象の地平面に書き込まれたかのようです。具体的には、事象の地平面をA単位(1単位は「プランク面積(Planck area)」と呼ばれ、\(2.6121 \times 10^{-70}m^2\))の小さな面積で敷き詰めることができるブラックホールは、最大でA/4ビットの情報を持つことになるのです。この限界は、ベッケンシュタイン・ホーキング境界(Bekenstein-Hawking bound)と呼ばれています。

このように、ある領域に収まる最大情報量が、領域の体積ではなく、領域の境界の表面積に比例するという発見は、量子情報と私たちが日常経験する3次元空間世界との興味深い関係を示唆するものでした。

この関係は「それは量子から来る(It from qubit)」という言葉に象徴されるように、量子情報(qubit)から物質(it)が発生することを表しています。

通常の時空ではこのような関係を定式化することは難しいのですが、最近の研究では、量子重力の理論がより自然に構築される「反ド・ジッター空間(anti-de Sitter space)」と呼ばれる双曲線幾何学(hyperbolic geometry)で計測される仮想宇宙で著しい進展がありました。

反ド・シッター空間では、重力の作用する空間の体積の記述は、その体積を囲む境界線に符号化されていると考えることができます。空間内のすべての物体は境界線に対応する記述を持ち、その逆もまた同様です。この情報の対応はホログラフィック原理(holographic principle)と呼ばれ、ベッケンシュタインとホーキングの観測にヒントを得た一般原理です。


反ド・ジッター空間(円柱の内部)と、その二重表現の模式図。
境界(円柱の表面)における量子情報として二重表現されています。

AdS/CFT対応により、物理学者は空間内の物体と表面上で相互作用する量子ビットの特定のアンサンブルを結びつけることができます。

つまり、境界の各領域は、時空のある領域の内容を量子情報として内包しています。そのため、その量子情報から任意の場所にある物質を「構築」することができるのです。

これにより、量子プロセッサーは量子ビットを直接扱うことができ、同時に時空間物理学(spacetime physics)への洞察を得ることができます。

量子コンピュータのパラメータを慎重に定義して特定のモデルをエミュレートすることで、ブラックホールを見ることができます。さらに進んで、2つのブラックホールが互いにつながっている状態(ワームホールまたはアインシュタイン-ローゼンブリッジ(Einstein-Rosen bridge)として知られています)を見ることもできます。

実験:研究室における量子重力

これらのアイデアをSycamoreプロセッサに実装することで、私たちは、横断可能なワームホールと対をなす量子システムを構築しました。

この実験では、量子情報の言語体系をホログラフィック原理によって時空間物理学に変換し、粒子をワームホールの片側に落下させ、反対側に出現する粒子を観測しました。

横断可能可能なワームホールは、最近、Daniel Jafferis、Ping Gao、Aron Wallによって可能であることが示されました。

ワームホールは長い間SFの定番でしたが、ワームホールの形成が可能な時空幾何学は数多く存在しますが、素朴に作られたものはそこを通過する粒子によって崩壊してしまうのです。

著者らは、負のエネルギーによる衝撃波(光速で伝播する時空の歪み)がこの問題を解決し、ワームホールを通過可能な時間だけ開かせることを示しました。

ワームホールに負のエネルギーが存在することは、真空のエネルギーが密着した板を押し合うカシミール効果(Casimir effect)における負のエネルギーと似ています。

どちらの場合も、量子力学では、空間のある位置のエネルギー密度が正でも負でもよいことになっています。一方、ワームホールに正のエネルギーによる衝撃波が発生した場合、情報は通過できません。

3.通り抜け可能なワームホールを量子コンピュータ内に作成(1/2)関連リンク

1)ai.googleblog.com
Making a Traversable Wormhole with a Quantum Computer

2)www.nature.com
Traversable wormhole dynamics on a quantum processor

3)inqnet.caltech.edu
Traversable wormhole dynamics on a quantum processor

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